一人集団ストーカー周知活動(+α)
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私物化された日本の中のニホン
 会社そのものが個人を殺すために私物化されている。そんなことがあるものである。
そのネットワークは会社内は元より、クライアント、代理店、一般消費者にまで及ぶ。

それが日本全体で行われているのが現実である。
携帯会社がそうである。配送会社がそうである。派遣会社がそうだる(←「だる」っていっちゃってるよ)。テレビも新聞もそうである。ネットもそうである。
それがはっきりと分かる形で行われる異様さ。カルトそのものである。

どこへでも好きなタイミングで好きなだけ、人を送り込み(例えば今の派遣のシステムを良く見てみればよい)、または撤退させる。腐敗は進行し、組織の中で組織が作られ、まるで馬鹿そのものが上に居座り、差別は徹底され、日々不審なことが繰り返される。

まるで北朝鮮そのもののような超監視空間で仕事をする異様さ。

業績と引き換えに魂を売り渡した企業は、売り上げそのものが作られたものであり、人もサービスも入れ換えられ、乗っ取られていく。

今俺が働いている派遣会社も急激に発注が増えたのか求人サイトを覗いてみると、その会社を介した仕事ばかりが上位に表示される。数ヵ月前までは殆どなかったことである。

いつものパターンである。殺人に加担することと引き換えに企業の業績が上がる。個人の評価が上がる。

程度の差こそあれ、日本全体が腐敗し、日本人は骨抜きにされ、おかしなことをおかしいということすら憚られる。個人の人権は蹂躙され、男女は分断され、奴隷のようになっていく。

その危機意識の欠如はあり得ない。いかなる意味でも重く受け止めない会社がどうしてあろう。

日々上がってくる案件が履歴として残っている事実に目を向けるだけでも調査ができるし、いくつかの悪質、かつ人為的な嫌がらせの事実はポイントを押さえて調べれば確実に確認できる。その頻度は統計学的にも有意である。  

日本も落ちたものである。 
その最たるものが今の会社である。

世界一悪質な会社と言っても良いだろう。

何度も何度も猶予を与えてきた。会社の異常さを会社に訴えもした。文章でも訴えた。が、カルト組織は本物のカルトだった。殺人会社は変わらないことを確信しました。
KDDIは間違いなく組織的な殺人を行っている。完全に私物化された犯罪会社である。

名前を公開するのがベストなんだろうと思う。
彼らはある意味においては被害者でもある。組織の中でなければ弱い、弱い人たちである。
その弱さゆえか、過去の不幸ゆえか、彼らの多くには共通した性質がある。
想像力の欠如とそこからくる残忍さ、視野の狭さである。言いにくいことではあるが、過去に苛められていた人の何割かが、後に転化して痛みの知らない人間になるケースと似ている(逆に痛みを知る人間になることもあるが)。彼らのような人間を俺は過去に知らないわけではない。彼らは本来中心にいる人間ではない。当然彼らが一番悪いわけではない。
それを動かす上の人間、その腐った組織にこそ一番に目を向けるべきである。
が、しかし、殺人に加担している事実は決して消えない。
であるならば、名前を公開することは彼らにとって救いになるであろうと思うに到った。
そのことを一生背負っていくだけの責任はあるであろうし、覚悟は持ってもらいたい。
公開することで彼らがいつの日か少なからず人間らしい生き方をすることができるようになるかもしれない。強い人間になれるかもしれないという希望もある。
彼らは組織の中でとことん弱くなっている。そんな彼らが一人一人に立ち返ったときに果たして立ち直れるのか、俺には分らない。
しかし、そうしなければ彼らは益々感覚が麻痺していくだろう。
公開することで繋がりも必ず見えてくる。国もいつの日かしっかりと動くだろう。
戻らない人間がどれだけいるか想像してほしい。
かつて彼らが残した声を残しておく。
ある人間は金さえあればまともに生きていけるのにと言った。ある人間は日本なんかその内亡びると言った。ある人間は兄弟が癌で、妻が病気で、自分も病んでいると言った。ある人間は生きる意味を見いだせないと言った。
その言葉は半分は本音であろうと信じる。
日本を守りませんか

※一人目:藤原俊
二人目:坂井茜
三人目:大塚雅子
四人目:三木昇(8月26日更新)
五人目:小野瑞季(9月7日更新)
六人目:鈴木健太(9月24日更新)
俺は今まで組織(ネットワーク)の悪質さに重点を置いて訴えてきた。それは今でも変わらない。しかし彼らとて結局は一人一人である。その集まりである。そのことに気付いてもらうためにも時間を置いて(一、二週間置きに)一人一人、計十数人公開していく。彼らの多くは完全に病んでいる。そしてここで取り上げる人間はごくごく一部であることも付け加えておく。

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ヘビは長すぎる~世界一悪質な企業(KDDI)

※【3月1日追記あり:当記事内一番下】

※【2月2日追記あり:当記事内一番下】

入って二日で気づいてはいたのだが。この会社はスパイが多すぎる(ヘビも長いがそれはさておき)!いくらなんでも馬鹿すぎるのである。

職場にペン一本持ち込めない会社は何を守ろう。会社の悪質さであろうか。

外からは絶えず監視し、内部にもかなりの割合で潜り込み、組織化されたネットワークが個人への悪質な妨害や内容のすり替え、分かりやすい印象操作、『クライアント企業対下請け企業』という関係を利用し(というより悪用するための仕組みを作り上げ)内部を掻き回す。

徹底的な差別、パソコンは絶妙なタイミングで動かなくなり、案件は100パーセント人為的、上がってくるタイミングは思わず屁が出るほどオンタイム、おまけに悪意付き。まさに茶番!ルールは日々変わり、訳の分からない精神的負担と不規則に拘束される時間。人物重視とは笑わせる。清々しいほど安い給料に、交通費も出ない。中にいる人間の未熟で幼稚な精神性(全員ではない)。

スパイ(とすら言えないかもしれない)は大幅に増員され、もはやスパイが紛れているというレベルではなく、会社として完全にカルト体質であり私物化された殺人企業といえる。

現在働いている会社である。 誰もが知っているクライアントとしての大企業の下請け企業である。

上で、『クライアント企業対下請け企業』と書いた。つまりは請け負う会社が仮に変わっても名前と人を変えれば良いだけの話であり本質的には一体である。

ドコモに関しては関連会社を中心にスパイが紛れ込んでいるという印象が強かったが、KDDIは組織的に完全に腐っており、悪質そのもの、ごく一般的な教育を受けてきた日本人の性質からはかけ離れているといえよう。

世界一悪質な企業といっても良いであろう。

またこの会社は人材派遣会社でもある(人材派遣会社の悪質さは以前書いた)。或いはまた詐欺防止業務を請け負ってもいる。詐欺を野放しにする会社(というより体質そのものがカルトである会社)が詐欺防止とは笑止千万である。

ブラック企業対策も耳にするところではあるが、労働時間を是正しても根本的には全く変わらない、ブラックどころか人を(生き)殺すための企業が日本には存在している。

であるにも関わらず(個人としてみれば)彼らの多くもやはり被害者であろうと今回改めて思った。 集団主義がもたらす心理誘導や心理圧力とも言えようか、いわば動かされている側面もあり、彼ら自身の保身もあろうが、かつてはそのような人間ではなかったであろうことは容易に想像できる。 独断でそのようなことをしようとは考えもしなかったであろうし、行うこともなかったであろうということである。 また、中で働いている人間は最初からまともな人もいることは付け加えておく。

と、ここまで俺が見てきたことを書いてきたのだが、企業として(とは体質そのものがカルトそのものである企業に望むべくもないであろうが)、また個人としての危機意識の圧倒的な欠如は他国にも例を見ず驚異的とも言えるほどで、かかる現実を前に国が何もなし得なかった(しっかりと分析してこなかった)ことは、この国の腐敗を説明するに十分である。

裏を返せば、現状はこの国の健全な社会を維持する意味での防衛力・組織力を上回る力(組織力)が既に存在しており、今後どんなことでも起こり得ることを意味する。 彼らはどこへでも潜り込んでおり、この国を守らんとする力そのものが正常に機能していない、または弱体化していることも一因にある。

あなたの隣にもそうした人間がいると考えた方が良い。

異常なものを異常であると声を上げる人間は少なくなった。それを打ち消さんとする声を見てみればよい。はっきりいって普通ではない。その代わりといっては何だが普通であることを異常であると声をあげる集団が増えた。

完全にカルト化する企業。人間は急速に奴隷化し、絶えずストレスを与えられ、力も意欲も失う。大袈裟ではなくブラックどころの話ではない。はっきりと殺人である。

戻らぬ人がどれだけいるか想像できるであろうか。

テレビも新聞も急速に駄目になっていく昨今(馬鹿過ぎて見ていられない、読んでいられないというのが本音であり、これは余りに多くの人が共通して感じていることであろう)、こうした声の少なさと防衛の働かなさは他国ではありえないであろう。

このような時代に企業にはっきりとスパイが紛れている、相手も簡単に特定できると指摘できている声に対して、なぜ話を聞こうともせず、危機意識を全くもたず紋切り型に、病気とレッテル貼りをする声が先行しよう。打ち消さんとする声の残忍さはどこからこよう。なぜ無関心でいられよう。 不自然過ぎることに気がつかないであろうか。

与党も野党も関係なく、今一番解決しなければならない問題がある。

何度も言う。 本気で日本を取り戻しませんか


【2017年2月2日追記事】

誰が見ても分かる詐欺的な会社の内情をここまではっきりと書いているのにも関わらず、ブログの存在にすら気付かぬ無能を演じ続けなければならぬ、こともあろうに情報を取り扱う通信会社の愚かさ。

所詮、カルトはカルトでしかあらず、真実を究明しようとは一つも考えず、謝罪をしようなぞという選択肢ははなからない、せいぜいが嘘の上塗り、ターゲットへのレッテル貼りには余念がない。或いは言い掛かりをつけて下請け会社のミスに漬け込むばかり。

いざとなれば切り離す算段である。

いくらでも理由は作られる。彼らが押し付けたルールなのだから当たり前である。

遡っていかに悪質な体制であったかを自ら証明していることにまでは頭が回らぬ。一体であることは既に書いた。

同時期に入った人間、及びその前後に入ってきた人間はほぼ全員工作員である。

かなり前に入った人間には普通の日本人もいるようだが、驚くべくことにその中ですら少なくとも8割以上は工作員である。

ここまで悪質で愚かな会社は他にないであろう。

断言できることは、ここ数年で見られる本来自殺するタイプではない人が自殺する原因の縮図がここにあるということである。システム化された集団主義は明らかに人工的なものである。差別は徹底されている。

加えて、対策に乗り出さんとする組織が仮に作られたとしても、それすらも乗っ取らんとする、そんな集団であると考えて間違いない。

詐欺防止業務と提携している事実を思い出して欲しい。

当記事公開後に共謀罪の創設の是非が盛り上がっているところではあるが、本質的な議論と分析をしなければならない。ごまかし、すり替え、言い掛かりを付けようとする人間はいくらでも出てくるであろう。

ま、俺は余裕で自殺しないけどね


【2017年3月1日追記事】

社内(または社外)の低俗集団は俺の自信をどうしても挫きたいようである。

なぜ俺の自信が微塵も揺るがないか彼らは一度でも考えたことがあるのだろうか。

俺の怒りは彼らが想定するものとはおそらくは次元が違う。論理が違う。

その茶番に、そのレッテル貼りに、その組織だったネットワークに、その差別に、その塗り固められた嘘に、こちらがそうと分っていることに対して何故自信を失おう。

俺の怒りは集団主義に身を委ね、自らの保身と、周りをも巻き込まんとするその厚顔無恥にあり、その情けなさにあるのである。

だから論理が違うのである。見ているものが全く違うのである。

いつまでたっても俺の足元にも及ばないのである。いつまでたっても怯え続けなければならないのである。

彼らが彼ら本来の彼らに戻り、人間らしく生きることができれば、どれだけ可能性が広がるか彼らは考えたことがあるのか。彼らは幸せになれないことに本当に気が付かないのか。

自分のことは勿論のこと、(救い出す義理は本来は全くないのであるが、結果として)彼らの分も戦っていることを、全てを救い出そうとしていることを、彼らはただの一度でも考えたことがあるのだろうか。誰がのような国になることを望もう。

いつから日本はこうなった。

俺が一番危険視しているのはその組織である。



過激思想

更新通知
※【10月2日追記あり:当記事内1番下】
※【10月1日追記あり:前記事内下から二番目の記事の追記】
※【8月24日追記あり:当記事内下から2番目】
※【8月14日追記あり:当記事内下から3番目】

近年のこの国における言論の貧しさはどこからくるのか。

テレビやその他マスメディアもそうだが、ネットは更に酷い。

どこかで聞いたことのあるような言葉を継ぎ接ぎして都合よく解釈する。

部分だけを取り上げて事実を歪曲しているもの、前提そのものが誤っているもの、レッテル貼りやある種のプロパガンダ、こじつけ、暗示、その他印象操作、妨害、煽り、過激思想の植え込み等様々である。

単に質が低く、批判されて当然の現実から目を背けるべく丁重な対応こそが悪であると原因を転嫁し、都合が悪いことは何故か聞こえない、見えない。

結論ありきの論調であるため、まともな反論に対しても確かにそうだなという気付きや反応がない。論理のすり替えや飛躍のもとにある思考回路が全く同じで圧倒的に議論がなく、自己完結している。

多くの企業は堕ちに堕ちた。

上に挙げた単に質が低く、批判されて当然の企業精神そのままに、訳の分からない自己正当化と、周りをも巻き込もうとする厚顔無恥は、他国のどこであれ受け入れられるものではなく(他国における過激さとは異質なものである)、かつての日本では決して見られなかったことである。

そして近年のこうした一段も二段も未熟かつ特徴的な(癖のある)論点のすり替えはテレビの中でも、新聞の中でも、ネットの中でも散見され、組織的な繋がりは分かりやすいほど分かるものである。

ここで見られる異質さはA対Bという同格の相違ではなく、論理的な誤りを指摘するものである。組織的に作られた嘘を指摘するものである。多様性を否定しているわけではなく、むしろその全く逆であることは分かっていただけるであろう。

我々はその土台において『1≠0』や『1=1』や『2=1+1』といった話しが通じなくなることの驚異をもっともっと強く自覚した方が良いのではないか。

到るところで作られる対立や分断、怒りや、不寛容の思想はその背景を、広がり方を紐解いていけば(少なくとも日本におけるそれは)分かるはずであろうに何故かそれも見ないふり。

連日報じられる殺人事件も表面だけを取り上げていては何の解決にもならないであろう。

個が見えず、質が極めて低くなったネット空間上の書き込みは、多くの人達に指摘されておりながら(また誰もが気がついていながら)、そこから広がる他媒体・他業種の質の著しい低下には気がつかないふり。

人為的に作られる評判や人気は、何故かことさらに日本を貶める内容と結びつく。

時代の新しさを引き合いに出しながらも、レベルの低さを新しさにすり替えようとしているだけの話しで、そこに新しいとか古いとかいう価値基準は存在しない。強いてどちらかというなら、かなり古い。

結果重視は仮に捏造であっても、仮に盗みを働いてでも、他社にデータを流してでも、もっといえば人間を貶めてでもという悪意の譲歩が裏に隠されており、長い目で見れば、更なる結果の衰退を招く(当然俺自身が見てきたことしか言っていない)。

彼らのいう国益は自分の利益と同義であり、全体の衰退を意味する。

この国には腐ったみかんが到るところに紛れている。

テレビを付ければ、かつてはおかしくなかったのにいつかおかしくなった人間も容易に指摘できる。

極端な不寛容や寛容は作られたものであり、誰かの意思によりコロコロと変わる。

誰もが気付いていながら異様になっていく社会を目の当たりにしてなお、その声は打ち消され、ことさらに陰謀論を否定する理由なき不自然さ。

その可能性もなきにしもあらずという当然導き出されるであろう声は上位には表示されず、否定する論調そのものが陰謀(という大げさな表現自体、それをないものと思わせやすい意図を持ったレッテルであろうが)があることを裏書するものであろう。

ほとんど何も書いていないのに関わらず不自然に盛り上がる一部の個人ブログ、または中身があるにも関わらず差別的に無関心を装われる個人ブログは何かを気付かせるに十分であろう。

ネットにおける『炎上』などはその多くが作られたものであると何故考えられないか。

今の日本は完全に狂っている。日本人の(特に東京で生活する人間の)多くは少なからず病んでいる。

顔も変わってしまった人が多い。

テレビの中でもある人間は組織的に過度の圧力を加えられ、ストレスを溜め込んでいる人がいることも見てとれる。

彼は殺されたのである。彼女は殺されたのである。

日本人は振り分けられている。当たり前のことを当たり前のこととして身に付けている人と、そうでない人とに。

そして(全てでは勿論ないにせよ)後者が優遇されやすい日本社会において本来は圧倒的に少数派でありながらそのまとまり、情報共有度においては多数派になり得る。

若者代表は決して若者代表ではないケースが多く、女性代表も同様である。

議論なき社会において一万人の作られた声が俺というたった一人にいとも簡単に引っくり返される驚くべき現実から目を背けてはいけないし、その理由を考えなくてはならない。

日本はまだ取り戻せるはずですよ本当は誰もが感じていることなんだから


【2016年8月14日追記事】

熊本地震発生から今日でちょうど4ヶ月。行方が分からなかった最後のお一人の身元の確認が取れたとのことです。

長い間辛かったですね。

遅くなりましたが亡くなられたお一人お一人のご冥福をお祈りします。

被災された方々はまだまだ大変な毎日を生きておられます。一日でも早く皆様が未来への道筋を立てることができるようになりますよう心から願っております。

【2016年8月24日追記事】

その地に立つことを夢見た数多くの選手達の代表として、国を背負い、四年間苦しい練習を重ねてきた。

その厳しさから、または重圧から逃げ出そうと思ったことも一度や二度ではないかもしれない。

でも、その時はあっという間で。

とにかく誇りをかけて戦い抜く。正々堂々と。

そんな中、競技中接触をして倒れた二人の選手がいた。陸上女子5000メートル、アメリカとニュージーランドの選手。異なる国である。

彼女は立ち上がった。倒れた相手を気遣い、励ましあった。足を引きずりながらも最後まで走り抜いた。

そんな二人の気高い勇気と二人を決勝に進めた委員会の粋な計らいに心から拍手を送りたい。

確かに記録を争っているかもしれない。メダルを国に持ち帰りたい。

しかし、根元にはもっと崇高な願いがある。

世界平和という願いである。

そのことを彼女たちは知っていた。

だから我々の心に響く。忘れていた何かを思い出させてくれる。

柔道は良かった。正々堂々と戦った。

レスリングは良かった。最後まで諦めなかった。

体操は良かった。仲間を信じた。

水泳も陸上も卓球もシンクロナイズドスイミングも感動した。

他の競技も良かった。

ありがとう

さて、閉会式にも心打たれた。

日本のこだわりがあった。愛があり、遊び心があり、誇りがあった。

日本は今までそうやってきた。技術は勿論のこと、本来はそうしたものを感受し、生み出す才能に溢れている(それが今急速に失われつつあることも、また事実であろう。技術だけではないのである)。

いろいろなことに当てはめることができる。

根元に何を置くかで、これからの日本は良くも悪くもなるのではないか。

【2016年10月2日追記事】

拉致被害者のめぐみさんが52歳になるのを前に集いが開かれ、ご両親も参加されて帰国を訴えられたとのこと。

ただ帰ってきて欲しい、それだけの思いで過ごされてきた39年間はどんなであったろうか。どれだけ夢に見られたことであろうか。どれだけ涙を流されたことであろうか。

どこの国であろうと、我が子を想う気持ちに違いはないのではないか。

拉致被害者のご家族にとって、きっと今日と明日は違う。一日分の重みがある。今日という哀しい日を乗り越えて、明日に望みを繋がれているのだと思う。それもやっとの思いであろう。そうやって39年間待ちわびてこられたのかもしれない。心から一日も早く再会されることを願っております。


賢くなくなる日本人
更新通知
※【10月1日追記あり:当記事内下から二番目の記事の追記】
※【7月27日追記あり:当記事内1番下】
※【7月7日:コメントを頂き返信をしました。】 
※【6月23日:コメントを頂き返信をしました。】
※【6月13日追記あり:当記事内下から二番目
※【5月27日追記あり:当記事内下から三番目】
※【5月24日追記あり:当記事内下から四番目】

以前、記事でこんなことを書いた。 『社会的弱者を引き上げる立場をとりながら、悪用され、逆転現象がおき、この国全体が弱くなっているのが見えてこないか。 力を失う日本人、賢くなくなる日本人。結果誰にとって都合のよい社会が作られるか。その先に何があるか。現在利益を受けている人間にも想像してもらいたい。』(【参考】『声なき声(2015年3月6日更新記事)』)。 
ここで俺が当記事で用いる「賢い・賢くない」という言葉は俺のブログを読んでいただいている方には分かるであろうが、広い意味で一般的に用いられるそれと同義であり、多くの方が(無意識であるにせよ)感覚的に共有している頭の聡明さと、心の聡明さの両方を指している。例え、勉強が苦手であっても賢い人は沢山いるし、逆もまたしかりである。
そして上記内容に関するポイントは人為的な力により逆転が作られていることにあり、賢くない(おかしな)人間が差別的に優遇されていることにある。結果として予想される将来の大きなリスクを訴えているものでもある。更に言えば、狂った人間が中枢にいる社会で本来有能であるはずの人間が最大限生かされようがない(それどころかはじき出される)ことにも危惧の念を抱いている。 
当然社会的にハンディキャップを背負った方や、苦しい生活を余儀なくされている方に救いの手を差し伸べることに異議を唱えているわけでは全くない。実際に真に差別を受けている方々の心の叫びを聞けば、一緒に哀しみもしよう。
被害者意識や被差別意識が食い物にされていること、対立を作り出す口実として、社会を塗り替えるために利用されていることこそ問題なのである(ガスライティング犯罪の多くは様々な手を使い自ら被害者・被差別者になろうとする行為に他ならない)。 
実感としても社会の質は大幅に下がり、会社の中でも明らかに賢くない人間が増えている(または優遇されている)ことに対する警笛を鳴らしているものである270388.gif
記事に対する反論はなく、概ね同じように感じられている方が多いように思われるが、直接書いて貰えればこちらも丁寧に答える用意はしているのであるが、間接的にネットやテレビから聞こえてくる反対意見の声をここで取り上げ、俺の考えを書いていこうと思う。ここでは相手を論破することに主眼をおいているわけではないことも付け加えておく。また、俺の記事に対する反論は直接こちらに書いてもらって全く構わない(俺に対しては試しに論破しようとしてみても問題ない)。 一部反対意見はこういうものである。 
『いつの時代でも、どの年代にも賢くない人間はいる。』 こうした主張の多くは個別に見た場合、年齢や時代関係なく賢くない人間はいるのであり、目立っているだけだというものである。更には一部自分にまで当てはめられていると考えている(それ自体賢くはないのであるが)節すらあることに対する不快感をも表明している。加えて賢くなくなる日本人という表現そのものを反日表現に結び付けようとする無茶なものも一部見受けられる。 
まず、年齢や時代に関係なく賢くない人間がいるのは当然のことである。おかしな人間が目立ちやすいことにも特に反論はない。 そうした側面があることを理解した上で、なお、訴えているものであり、多くの日本人が実感として感じていることを言っているに過ぎない。つまり、かみ合っていないのである。 目立っているだけなのであれば、例えば企業の質が明らかに低下していることの説明が付かない。店に入ればおかしな店員が多く、テレビを付ければ質の低いニュース番組、意味の分からないバラエティ番組におけるキャスティング、ゴリ押し、訳が分からない煽り、ただただ不快な内容であることに対する説明が付かない(ここでは全ての番組がそうだと言っている訳ではない)。ネット上の書き込み一つ見ても、ちょっと普通でないものがもはや一般化されているとすら言える。こうした社会でまっとうな人間が生きるのは難しい。 そして、かかる逆転は共同体意識の中、(同調や服従の心理的圧力、その他様々な誘導・妨害操作を駆使し)人為的に創られていること、またはおかしな人間が優遇されていることに危機感を抱いているのである。良いものを叩き、良くないものを持ち上げるあべこべの操作をしてきたことによりもたらされた結果でもある。目先のこと、個別なことしか見ていないと見落とされがちなことである。 
いくつかのエンターテインメント系のニュースに到っては、ある芸能人の発言を毎度取り上げる。氏を必要以上に持ち上げようとしない方がよい。どんどん駄目になっていく。
明らかにネットの書き込みと連動して、人間狩り、番組狩りのようなものまで行われている(批判される対象、優遇される対象を見ると一貫しており、ベクトルも明確である。明らかに私物化されている)。 
感覚としては、よく気が付く、誠実に見える、という特性を有しているだけで、例えば今の社会においてはサービス業における企業適正偏差値60ぐらいは満たしていると言えるのではないか(分かりやすくするために便宜的に偏差値という言葉を用いたが学力偏差値とは関係ない)。それぐらい全体のレベルが下がっている。 更に言えば、上の『いつの時代でも~』という主張は本来はかみ合っていないにも関わらず、(意図したものではあろうが)議論が深められないために独立して目に付きやすくなっていることである。さもそちらが主流であるという錯覚にも陥りやすい。 
何か流行に便乗した、または思索的なふりをして論点をすりかえる人間も増えた。 
身体的ハンディキャップを背負った人間のゴーストライター騒動を取り上げ、『そもそも誰が作ったかが重要でなく、何を作ったかが重要なのではないか』と問いを投げかける。そもそもハンディキャップを売り物として売り出しているという視点が欠けている。
『なにが正しいかは分からない』という。難しい問題を孕んではいるが、ある種の人間がそれを持ち出したとき、取り上げている問題に関しては、ぶっちゃけ、なにが正しいか、分かる・・・。 
『常識を疑え』という。それ自体は大いに賛成だが、近頃それを言う人間の多くはただシンプルに常識がない。センスもない。 
毒舌を売り物にする人間が増えた(実際芸になっている人、愛がある人もいるにはいる)。 
例えば彼らの毒が、怒りが、まさに自身の内部から爆発する、相手を選ばず、権力にも立ち向かったとき、そうした人間は今までも愛されてきたし、自身の(例えば会社勤めの)辛い日々と重ね合わせ、その鬱憤を晴らす身代わりとして時代を選ばず求められてきたのである。 しかし、その毒が視聴者に向けられているのだからタチが悪い。相手もメッチャ選んでいる・・・。彼らの多くの特徴は毒ではなく、立ち回りの良さである。気質的なあざとさである。どこに需要があるのか。いやそこに需要があるかのごとく見せている点にこそ問題がある。視聴者や客との乖離が生まれる。誰かにとって都合よく利用されているのである。 
グローバリゼーションや時代の新しさを引き合いに出して奇抜(過激)な発言をする(ここは政治に関していっているわけでは全くない)。見たことも触れたこともない(言ったもん勝ちのような)存在しない世界や時代に拠り所を求めないほうが良い。それは世界(時代)のどこにも受け入れられないであろう。何より切れがない。良ければ良いとちゃんと認める。そして、日本は世界からも注目されるべき安心で優しい文化を育んできたことを忘れてはいけない(勿論他国から見習うべきものも沢山あるであろうが)。 
芸能人がツイッター上で、一般人と言い争いをしているなどという話を聞くと、正直悲しくなる。 
ようはスケールが小さすぎるのである。そうした人間を指して彼は才能がある、彼女は賢いなぞと語る人間を見るにつけても、情けなくなる。 
テレビの中で悪意に満ちた素をさらけ出す芸能人が増えた。やめた方が良い(全員ではないし、言われなくても分かっているプロフェッショナルな人間もいるが)。いくらなんでも中途半端である。といって極端にも走らないほうが良い。もって生まれた天才的な資質がない限り、どのみち中途半端である。
以前、テレビにおける作られた視聴率10%と、そうではない10%の違いを述べた(【参考記事】『印象操作について(2014年12月10日更新記事)』)。前者はいつでも0%に限りなく近くなる可能性を秘めた10%である。
潜在的な視聴者の母数を減らすことであり、有能な人間を殺すことであり、世の中を悪くすることであり、奴隷になることでもある。
作られた声や数字に引っ張られてはいけない。国の情報機関はもとより、当ブログをリアルタイムで読んでいただいている多くの方々、またネット工作員ですらことの重大さに、またこの国で何が行われているかに気付き始めているはずである。 
視聴率は意味がなくなった。経済学が当てにならなくなった。評判は人為的に作られ、行列は中身と比例しなくなり、賞はスカスカ、(特に「○○学者」や「元○○」なぞという)肩書きなんて何の参考にもならない。企業は腐敗し、マスメディアは堕落し、警察は不祥事ばかり。政治とは何であろうかと日々考えさせられずにはいられないレアな日本の政治。出た瞬間に既に何もない一発屋芸人。
うんざりする。
言葉と表情(感情)の動きが一致しない人も増えた。
さて
上に挙げたことは全て繋がっているのである。こうした時代において、ビッグデータや人工知能、顔認証システムの活用、SNS、掲示板、さらには裁判員制度など含め、その危険性は今よりずっと重く認識したほうが良いと考える。 
なぜ、このような社会が作られつつあるか、その先に何があるか想像してみればよい

【2016年5月24日追記事】 
現役のアイドルがファンに刺傷されるという事件に衝撃を受けました。この度の容疑者のものに限らず、ネット上の悪意ある(または過激な)発言は、普段twitterを全く利用していない俺ですら良く目にするところではある。仮にサイト内に訪問しないまでも検索ワードにヒットするタイトル(及び付随する文章)が時として嫌でも目に留まるからである。ニュースで分析されているファン心理、思い込み、距離感の喪失は、言われなくともそうした心理を利用した営業を兼ねている芸能活動を思えば理解できるところであろうし、(今回ほどではないにせよ)その危険性は常に付きまとっているといっても過言ではないのではないか(この点に関しては芸能活動をされている方を批判しているわけではない。時として本人の意に反してtwitterやSNSを利用していることもあるであろう。また「身近な存在としてのアイドルや芸能人」という戦略はそれ自体は良いアイデアだと個人的には思っているし、それを好きな人たちに夢や希望を与える本来は健全なものだとも思う。問題は利用の仕方やリスクに対する対処の仕方であろう。またはリスクと利益とを天秤にかける正常な判断力であろう。活動をする芸能人の精神的・肉体的な負担も考慮する必要があろうと思う)。twitterに関しては他にもいくつも危険性を孕んでいると俺は考えている。
今のサイバー空間を見たときに、例えばアメリカにおいては有意義に活用されても、(少なくても現在のルールでは)狭い日本には適していないということもあるのかもしれない。例えば有名人を町で見かけたらリアルタイムで、かつ不特定多数の人間に向けて、twitterで拡散するなぞという感覚の持ち主は、かつての日本人にはほとんどいなかったであろう。それで傷つく生身の人間がその場にいるという想像力がまずは欠けている。想像力の欠如した行動をとるためのきっかけを自ら作っているという見方もできる。短い文章で思うがままにつぶやくというシステム自体、個人ブログなどよりも責任の意識は更に薄くなっていく。悪意のネットワークが活動をしやすいシステムでもあり、情報操作を行うためのツールと化している側面もある。悪に有利な空間といっても良い。
その後容疑者のものとされるtwitterの全文を目にする機会があり一読してみたのであるが、若干の違和感と独り善がりで未熟な精神性、視野の狭さが目立っているという印象であった。また後半になるに従い、容疑者の中で怒りが制御できなくなり、行動に駆り立てられたと読み取ることもできないわけではない。それ自体極めて自分勝手なことであろうが、少なくともその(twitter上の)心理状態は格別めずらしいものであるかと問われればそうとも感じられず、熱烈な、また心に闇を抱えたファンの一部に見られがちな一つの傾向であるとも言えそうである(今回のような残虐な行為にまで到るかどうかということとはまた別の話である。徹底的に調べる必要があるであろう)。
長くはない人生である。そのはかない命は一度失えば二度と戻ってはこない。被害者が生きて帰られることを心から願っております。
※容疑者のtwitter全文を読む機会があり、上記追記事で俺が勘違いしている箇所がありましたので削除・訂正いたしました。

【2016年5月27日追記事】
この度のオバマ大統領の決断と勇気に敬意を表します。かくいう俺も広島とは少なからず関わりがあります。因みに生まれたときからカープファンです
アメリカ世論のさまざまな意見を率直に理解できるし、尊重しています。広島に来てくれて、また力強いスピーチをしてくれてありがとう俺も決して希望をすてません。世界中の子供たちの未来を信じます

【2016年6月13日追記事】
ご想像して頂ける方もおられるかと思いますが、俺は現在(10年以上前から)監視や盗聴、また多くのカルト組織の影響下にある企業や工作員による就業妨害、及び直接物を売るなどして生計を立てようとする場合であっても様々な妨害、その他人間の尊厳を無視した人権蹂躙犯罪の被害を受け続けております(有限の人生において、そのようなことをする資格なぞ、本来はただの一日であれないことは、きっと彼らの多くがいずれかけがえのない時間を振り返ったときに、命の尊さを思い知ったときに気が付くことでしょう)。
かかるカルト組織を野放しにしている日本という国、及び俺以外にも(いや俺以上にも)様々に苦しんでおられる方々を鑑みるに、この訴えをやめるわけにはいかないという気持ちを日々強くしております。
しかし、現実問題として上に挙げた理由により、生活をしていくのが非常に困難な状況です。
日本は急速におかしくなっております。時代を逆行した負のネットワークがこの国をとことん貶めております。
ここで、この国の未来を憂いている方、本気で考えられている方、また勇気ある皆様方からの金銭的な援助を募らせていただきます。
援助をしていただきます皆様方の意向(が仮にあったとしても)をこちらのブログ内容に反映させることはできませんことは予め断らせていただきます。
ただ、少なくとも俺自身がこの目で見てきた真実を今後も訴えていくことはお約束させていただきます。
俺は、こちらのブログにおいては約3年前から現在に至るまで、またあと一つの笑いブログ(『くだらない話』)においては、約7年前から約5年9ヶ月もの間、いかなる金銭的利益をも目的としないという条件を自らに課し、またそれ自体大いに意図あるものとして続けて参りました。その意図は俺が良く知る聡明な人たちであれば何を言わんとしているか大抵分っていただけるかと思います。稼ぐことを批判しているわけでは全くありません。
この度援助を募るという行為自体がブログを続けていく目的であるわけでは決してなく、訴えを続けていく為の援助でありますことは俺のブログを読んでご判断頂けましたら幸いです。道筋が立ち次第こちらの募集は取りやめさせて頂きます。
皆様方にとっても直接的な利益があるわけではないこともご理解ください。
俺は自らの個人情報の詳細を明かしません。ガスライティング犯罪の性質上、それ自体理由あることでありますことをご理解ください(自分自身のためではありません)。
ただ、俺という人間が、何らかの思想・宗教・政治団体にも属していない、属したこともない、今後もそのつもりは一切ない、権力なぞ思わず鏡の前でほくそ笑むほど持ち合わせていない、当然監視されるただ一つの理由すらない、ごく普通の日本人(一般人)であるということ、寧ろ彼らは様々な手を使いどんな小さなことであれ問題を起こさせガスライティング犯罪を行うための動機を作り出そうとする、本末転倒、悪質極まりない犯罪組織の被害者であるということだけは言えます。あと、俺はこう見えて(見えてないでしょうが)結構優しい人間です
下記コメントより「管理者にだけ表示を許可する」にチェックを入れられた上で、投稿者様のメールアドレスを書き添えてご連絡頂けましたら幸いです。追ってこちらから返信させて頂きます。 
※現在、細々ながら定期的に収入を得ることができるようになりましたのでこちらの援助は一旦打ち切らせていただきます。ありがとうございました。(2016年10月1日追記)

【2016年7月27日追記事】
あの、分りますよねこの度の障害者施設での殺傷事件。答えは全て記事に書いております。
バカすぎるテレビや新聞。いろいろなことが繰り返されますよ。
この国の土台はもはやガタガタです。全てが駄目になっていきます。
ま、どうでもいっか本当に
きっと心優しく、賢かった19人の人たちよ。
さようなら。


日本の闇
更新通知
※【3月27日追記あり:当記事内1番下】
※【2016年3月17日新しいブログを始めました】『声』(FC2ブログ)
※【3月3日前記事本文中一部追記・修正あり】
※【2月2日追記あり:当記事内下から2番目】
※【1月31日:コメントを頂き返信をしました。】
※【1月28日追記あり:当記事内下から3番目】【1月28日:コメントを頂き返信をしました。】
※【12月26追記あり:当記事内下から4番目】
※【12月18追記あり:当記事内下から5番目】

『どちらが正しいか分からない』『アメリカが作り上げた敵』という、さも自分たちは部外者であるかのごとく持ち上げる日本国内の一部論調は以前からあったし、空爆による一般市民への被害を訴える声も聞いていた。
IS(=イスラム国)の話である。

そのストーリーは全否定はしないが釈然としないものがあった。
今何を語るべきか、ということがまずある。

一部マスコミによる政治の道具として利用されているのは明らかである。
その内容はそのままISに力を与えるものである。
そしてアメリカも悪いとする空気、フランスも悪いとする空気は、日本におけるカルト組織を正当化する(また批判しにくくする)方便として利用されていることも決して見逃せない(当然正当化など出来ようもないが。またここでいうカルト組織と例えばイスラム教とは一切関係がないことも付記しておく)。
はっきりしておこう。フランスは素晴らしい国である。アメリカは素晴らしい国である。

ISは現在も育て上げられている。

プロパガンダとしての声明や映像だけではない。
ガスライティング犯罪(集団ストーカー)被害者、また加害者として。
それは必ずしもISへの参加を希望しているということを意味しない。
無差別犯罪を起こす者であり、自らの死を選ぶ者であり、精神病院に入れられる者である。
今の日本ははっきり狂っていると断言できる。今の仕組みの中で本当の意味で日本が良くなることは決してない。負の連鎖を作り出そうとする人間はすぐ近くにいる。
そしてそれを作り出す(日本国内における)存在は少なくとも直接的にはアメリカやフランスではない(と確信している)。
むしろアメリカやフランスを間接的に批判する口実として行う別の存在である。反日でもあるカルト組織である。
日本をここまで貶めた存在であり、日本を売り渡した存在であり、日本を乗っ取ろうとする存在である。
あるものをないかのごとく、ないものをあるかのごとく見せようとする存在である。
批判の矛先をすり替える存在であり、善意を仇で返そうとする存在であり、どこにでも潜り込み、擦り寄り、既に組織として筋を通せなくなっている(腐敗しきっている)存在である。
自ら口実を作りだし、人体実験を行おうとする存在であり、人間としての尊厳を踏みにじる存在である。
多くの日本人の誇りを奪い、最も大事なことから目を背けさせ、正義を語ることを憚らせる、そんなあざとくも卑劣なカルト組織である(【参考記事】『更なる認知を~集団ストーカー(2013年8月6日更新記事)』『狂ったカルト集団に都合の良い社会(2013年8月23日更新記事)』『日本を売り渡すカルト集団(2013年10月19日更新記事)』『自殺に関して(2014年7月14日更新記事)』『「バカ」について(2014年9月30日更新記事)』『印象操作について(2014年12月10日更新記事)』『声なき声(2015年3月6日更新記事)』)。

なぜマスコミはガスライティング犯罪を取り上げないのか。
そこに矛盾がある。
俺はマスコミやネット、日常の中にIS(またはISを作り出そうとする人間)を見出だせるし、「自己責任論」「平和ボケ」という不明確な立場で広がる言葉の真意も透けて見えるものである。
前追記事(一番下の追記事)で結果論は危険な時代だといった意味がわかってもらえるだろうか。彼らはいくつもの答えを用意してある。
どちらに転んでもそれを悪用しようとするのであれば、どちらに転んでもそれを許さなければよいまでのことである。
日本のマスメディアは死にかけている(【参考記事】『冗談のような(2014年3月05日更新記事)』)。本当に説得力がなくなった。
テレビはどの局も駄目になったが(『テレビ東京』に関してはちょっとよく分からないが)、NHKなどはそろそろ公共放送としての役目を自主的に終えても良いのではないか。

集団ストーカー加害者はそろそろ負けを認めなければならない。
これを彼等が一方的に押し付けてきたゲームと捉えるのならば(彼等にとってはゲームのようなものであろう)本来であればとっくに詰んでいるはずのものである。
罪を償い、被害者をあらゆる面で救い出さなければならない。

『テロリストの卑劣で残忍な行為はいかなる意味でも正当化されない。』

『言論・表現の自由は護られねばならない。』

『IS戦闘員を生み出してはならない。』

今語るべきことである。

自爆をする人間の覚悟、その余りにも哀しい眼は真実に違いないのだから。

※【12月18日追記事】
最近の著しい偏向報道に関して仮に偏向があるのは当たり前であると開き直られているのだとしたら馬鹿げたことであるし、一度原則に立ち返られた方が良いのではないか。報道は公平・公正であるべきとする原則はときに見落とされがちではあるが、その実大きな意味を持っているものである。そのことを忘れると後に大きな歪みとなり修正し難くなることもある。権力をチェックする役割も果たせない(それ以前に今、本当の意味で戦えているメディアがどれだけあるのだろうかという思いもある)。議論は成立しなくなり、報道そのものが社会に良くない結果をもたらすことも多々ある。人間を殺すこともある。
答えを先に作ってはいけない。
あたかも見ている人を誘導することを目的にしているかのごとく最近の極端な番組構成は、局としての、またはスポンサーとしての意向であったとしたら、多くの視聴者は無理矢理切り捨てられていることになる(ターゲットや視聴率とは別の話である)。
ガスライティング犯罪等、日本を貶めている根元的な問題には触れない、追求しないという逆の意味での偏りも生じている(これを偏りで済ますことができればの話だが)。
(アメリカ等他国に対する)過去の怨みを機軸にした報道にも同じ日本人として様々な面で賛成できない。
ネットを利用している人も、テレビを見ている人も、新聞を読んでいる人も、本や雑誌を読んでいる人も、発信をしている側の人も、会社の中にいる人も、学生も、広い視野で捉えて、様々に悪用されるインテリジェンスの渦に呑み込まれてはいけない
リスクの核心がその時々で、しかし人為的に作り出されていることにも気付かなければならない。
多くのことは根底で繋がっている。
報道に携わる人は護られるべき表現・言論の自由に胡座をかくのではなく、それとは別の次元で一度足元を見つめられることも必要ではないか。
メディアが訴える自由な報道がどれだけ虚しく響いているか客観視できているだろうか。
と、どの番組というわけではなく局に関わらず思うところが多いのではあるのだが、本日(12月18日)たまたま目にした報道番組でも感じたので書いておきます

※【12月26日追記事】
古舘氏は俺などが言うまでもなく素晴らしい才能と愛情に溢れた人間です。弱い立場の人達の心に寄り添い、一緒に悲しみ、一緒に怒り、言葉を信じ、傷付き、恐らくは人知れず涙し、それでも信念を貫こうと戦ってきたのだと信じる。
今回の降板、その後の氏の発言(こちらに関しては敢えて何も言わない)が直前に書いた俺の上記追記事とあまりにリンクしているため、それだけは言っておきます。
しかし、どうしても言わずにはいられなかった。
そしてそれは少なくとも俺自身の直接的な利益のためではない。
俺が批判している対象も氏自身に対してではなく別のところにある。俺は本来は(どちらかと問われれば)左寄りの人間である。
しかし、従来の左の考え方は今日本で通用しない。求心力も失っている。
一つには左寄りの主張は仮にこうであったとしたらという今の時代の想定に対応しきれていない点。むしろその主張の伸縮性のなさがもろに悪用されている点があげられる。
次に左寄りの人間に反日的・売国的、また暴論を振りかざす人間が多数紛れている点がある(それは右も同じだが。彼等は本質的には左寄でも右寄でもない)。
大多数の普通の人は右にも左にも振れやすい。
その点において少なくとも感情的には(どちらに振れるにせよ、またそれが正しい正しくない関係なく)公平であるともいえる。
であるにも関わらずネット上の発言の多くは、それが政治を扱う問題であろうとなかろうと、本来の公平な立場から見た視点ではなく、何らかの思惑に基づいた(その思惑もスケスケではあるのだが)、個としての顔が見えない書き込みが非常に多いことにも触れないわけにはいかない。
正直、今は右寄りの人間の方が説得力がある(肯定できない点も沢山あるが)。
そして主張として必ずしも誤ってはいない従来からの左寄りの人間(元々俺にとって信用できる人が数人いる)が、売国的な人間に悪用されていることにも気付かなければならない。
であるならば右であるとか左であるとかということとは関係ない新しい視点を今持たなければならないと考える。それは一歩も二歩も深めた視点である。
まずはタブーを作らないことが必要となってくるであろう。
上の記事で渦に飲み込まれてはいけないと言った。現状はどの政党が政権を担っても日本が良くなるとは思われない。日本は壊されている。
右も悪用され、左も悪用されている。
全体を見なければならない。根元も見なければならない。
念のため言っておくがこれはどこかの国を批判しているわけではない。
何かを決断することに大きなエネルギーを要する今の時代、幅広いネットワークを駆使し、どこにでも紛れているカルト(スパイ)の存在を真剣に考えてみても良いのではないか。
本当に日本が手遅れになりますよ

※【2016年1月28日追記事】
大手書店チェーン店のジュンク堂で防犯カメラによる顔認証システムを導入したという。二ヶ月程前のニュースで知ったことである。データベースにあらかじめ登録しておいた顔データとの類似値を計算して、似ているものに対して保安官にメール送信するシステムである。
以前一部のコンビニやスーパーで似たシステムを導入された際にもページ下部の更新記事でその危険性に触れたので(【参考記事】『冗談のような(2014年3月05日更新記事)』)今回は取り上げないつもりでいたが、悪用されるために作られたシステムであるという思いは全く変わらない。防犯カメラ自体を否定しているわけではない(肯定もしないが)。疑わしい行動をした人などの顔データを蓄積しているという。その曖昧さ、恣意的にレッテルを貼られる危険性もある。
コンビニ導入時と変わった点は来店客に同システムを利用している旨の通知を貼紙で伝えている点であるか。それは当然であろうと思う(一部コンビニで導入された際はそれすらもなかったという)。
と思いきや、池袋店以外の店舗に足を運び店員に確認をしてみると、導入はしたが通知はしていないという。なるほど、どこにも貼紙は貼られていない。尋ねた途端に他の店員が全員その場を外したことも気になる。
ならば書いておこうと思い、今回追記事で取り上げることにした。
店員の質の低さも相まり、不信感ばかりが募る。
防犯カメラの映像がパスワードをかけていないために世界中で共有されている等というニュースを目にしたのも記憶に新しいところである(ここでも防犯カメラ自体を否定しているわけではないが、悪用されるための隙がある。穿った見方をすれば意図してパスワードをかけ忘れることもできるのである)。
高いリスクを払ってまで万引きをしようとは思わせないようにするには他にまだまだ出来ることがあるはずである(しかし、まあ何というか、俺は性格的にも万引きはできないし、万引きをされる方を弁護する目的で書くわけではないのではあるが、様々な事情を抱え、ハンディキャップを抱え、いわれのない差別を受け、明日を生きていくことすらままならない人も中にはいるのだろうなということに頭がいくのは俺だけではないであろう。だからなんだと言われれば特に何も言うことはないのであるが)。個人的にどこよりも大好きな本屋ではあるが、結局そのような感性の本屋には行く気になれない。少なくとも俺は同店はなるべく利用したくない。
それで良いのかもしれない。が、いずれ他の多くの本屋、他業種でも同システムを導入されたとしたらどうなるか。考えるだけでゾッとする。必要に迫られその中でどこかを利用せざるを得なくなるかもしれない。
窮屈な世の中である。

※【2016年2月2日追記事】
1月31日にメッセージを頂き返信をした件で、その後、ASKA氏がブログにアップしたとされる記事全文がサイト上に残っておりましたので、読んでみました。
何故俺がここで改めて取り上げる気持ちになったかというと、全文を読むことにより若干考えが変わったからであり、訂正をする必要があると考えたからです。
こちらの記事は章立てで構成された何と20章にも及ぶ非常に長い文章で、ほぼ時系列で自身の現在に至るまでの行動や心情を、また各章の終りには自作の詩を綴られたもので、掲載直後に削除されたようです。
あくまで俺が読んだ印象ではありますが、これがご本人が書かれたものであることを前提にするとすれば、やはり少なくとも大部分はASKA氏にとっての真実を語られているのであろうということです。
大部分といったのは最後の方になり幾分不自然に思われる箇所がいくつか見られたからであるのですが、それはそれとして氏が率直に綴られた、いや率直でない部分が仮にあったにせよ、綴らずにはいられなかった心の叫びであり、少なくとも俺は重く受けとめました。
であるならば殊更に考えが変わったなどと言う必要もないと思われるかもしれませんが、氏にとっての真実であったとしても、それが現実に起こっていることの真実であるとは限らないからです。
氏が触れられている盗聴盗撮、または集団ストーカーに関する言及、ネット上のやり取り、過去の友人との関わり方は恐らく真実であろうし、氏が心の病(特に統合失調症)を患っているわけではないことも文章から読み取れます。
しかし、全体を通して見ると、この文章は、氏が意図するものとは別の理由により、何らかの形で広められることを見越したASKA氏以外の存在が透けて見えなくもありません。
仮に氏が受けていた被害が集団ストーカー被害の一部であったとしても、それが全てではありません。
集団ストーカーの加害者がその一部(という言い方が正しいのか別物と見た方が良いのかは分かりませんが)を明るみにすることで、トカゲの尻尾切りをしようとする(または別の存在に押し付けようとする)役割に氏が意図せずとも担わされている可能性もあることを、ASKA氏が社会復帰されることを願うファンの一人としてその気持ちは変わらないにせよ、また今後氏への集団ストーカー行為がなくなることを心から願いつつ書き加えておきます。
※署名活動には参加することができました。

※【2016年3月27日追記事】(※当追記事は3月22日に公開しましたが場所中ということもあり、一旦削除しておりました)
3月22日、大相撲で優勝を目指す大関が立ち合い変化をしました(数年前からほとんど大相撲には興味がなくなったのだが)。今まで真正面から勝負を挑んできた力士がこの度勝負に徹したその姿をみて理想と現実の違いを語る。今まで正直すぎた愚を語るコメンテーターや新聞記事。
トリック技を常日頃武器としている力士であればそれは一つの個性でもあり、場合によっては不足する体の大きさや力を補う持ち味とさえいえるものでもあろう。しかし優勝を目指そうという力のある、また体の大きな大関である。
この度変化をした力士を責める目的で書いているのではない。一番悪いのは当の力士ではない。おそらく親方でもない。一番悪いのはおそらくコメンテーターや記者でもない。
そうしたことを言いたい(言わせたい)人間がどこかにおり、社会に蔓延しているカルト集団を代弁する道具として彼らが利用されているということである。大相撲に限った話ではなく、テレビ番組やその他様々なところでそれは目にするところではある(はっきり言ってすぐに分かる)。メディアが、スポーツが、バラエティが私物化される哀しさよ。
相撲が立ち合いのタイミングをずらしたり、変化をすることにより今後大事な勝敗が全て左右されるようになるのであれば、スポーツの中身そのものが変わってきてしまう。異なる競技といってよいであろう。
まずはそれを見ている客がいる。支えてきた人達がいる。歴史の中で培われてきた日本人の精神がある(ここでは力士の国籍は関係ない)。
理想と現実という。
この国では今日を生きることさえ精一杯の人達が沢山いる。余りにも大きな不幸に打ちひしがれ、立ち上がれない人達も沢山いるであろう。生きがいを見出せない人はもっと沢山いるであろう。(【参考記事】『2014年⇒2015年(アメブロ2014年12月31日更新記事)』)。
彼らの多くは私たちが良く知っている善意の日本人である。その多くは高い節度と良識、知性を兼ね備えた一人ひとりの日本人である。彼らが理想と現実をもしも語ったとしたらそれは説得力がある。
いたるところで日本人の気勢をそぐ力が働いている。
生死がかかっている訳でもなし、変わってしまったスポーツを見て、苦しんでいる人達がどれだけ元気づけられるだろうかとふと思う。
スポーツのことだけを言っているわけではないことを繰り返しておく。
多分その日本人力士は長年腐らずに挑み続けてきた立派な大関であろう、とだけは言っておきます。


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まぁまぁマン

Author:まぁまぁマン
アメブロで「くだらない話(オリジナルお笑いネタ)(http://ameblo.jp/aratana-tabi/)のブログ運営をしておりますまぁです。
(特に集団ストーカーに関連するワードで検索をかけたとき)俺のアメブロ記事がグーグルやヤフーにインデックスされにくい状況が続いており(最近になり少しずつ回復してきました)、また整理の意味も含め当FC2ブログを立ち上げることに致しました。
アメブロで既に掲載している記事の転載が含まれます(一部加筆修正)。また当記事に関しましても適宜文章の修正・追加等する可能性があります。内容的にどうしても重くはなってしまいますが、『重すぎるな~、暗いな~』と感じた場合は笑いを取り入れるなどして意図的に柔らかくしている部分もあります。が、内容の重さは変わりません。
表現上の細かな変更、また記事内の補完的な追加に関しましては特に変更した旨の案内をしておりませんが、内容(また方向性)が大きく変わる場合は変更日及び変更箇所が分かるように明記しております。また記事公開後に新しい動きがあり記事文章とは独立して追記をする場合には追記事としてページ下部に日付と共に載せております。
俺がブログで取り上げている内容は通して読んでいただけましたら、日本で生まれ育った読者の方のほとんどが(発言する・しないは別として)少なくとも心の中では理解できる、何らかの形で心当たりがある、または改めて気付かされる内容であろうし、そのような多角的な書き方をしております。過去の記事で取り上げている余りに多くの問題が、その後明るみになるのを見るにつけ、振り返って納得される点も多いはずです。そして今後も明るみになっていくでしょう。もしも、俺の発言に説得力があるとしたならば、それはこの目で見てきたこと(そしてそこから導き出されること)だけを、本当のことだけを、そして如何なる金銭的な利益にも基づかない訴えを続けているからに他なりません。
ガスライティング(集団ストーカー)犯罪が行われていないと思う人も恐らくはいないでしょう。
もちろん反論(またご意見・ご質問)等ありましたらご遠慮なくどうぞ。
どなたでも構いませんo(^-^)o基本的に記事内で取り上げている内容に関することでしたら丁寧にお返ししますo(^-^)o質問に関しましては、敬意を表しその場で嘘を暴くような野暮なことはいたしませんが、読んでいただけましたら(読む人が読めば)いろいろなことがお分かりになるかと思います。当然全ての質問者様がどうだと言っているわけではありません。
リンクフリーですが一声かけてくださるとありがたいです(サイト内にリンクを貼ってくださる方々、また訪問、応援クリックをしてくださる方々、記事コメント・拍手コメントを寄せてくださる方々にこの場を借りて感謝申し上げます。おかげ様で検索上位に表示されるようになって参りました。
このようなカルト組織の横暴を許してはいけないという点において世界共通の認識、また危機管理の意識を強く持つ必要があるのではないでしょうか。
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